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技術論だけでは、マルチメディアは語り切れない。さりとて、ソフトがあれば、双方向サービスがおのずから実現するというものでもない。
マルチメディアといえども、人間が創り、人間がエンジョイするためにこそ存在している。ならば、マルチメディア社会の実現を目指して生みの苦しみ(あるいは悦楽)のさなかにある、われわれ自身を代表するような<象徴的人物>から見たマルチメディア像が、是非、ほしいものだ。
それが、本書の基本的視点である。
そこで、コンピュータ・ハード、ソフト、衛星、CATV、番組供給、情報テクノロジー・サービスなど、さまざまな分野のこれはという人物について考察してみた。
紙面の制約もあるが、ある程度、マルチメディアの広がりを把握できるよう、分野違いの人物について、できるだけバランスよく取り上げることができればいいな、と念じた。
結果として、たかだか7人をカバーすることができたにすぎないが、CATVあり、衛星あり、パソコンあり、情報テクノロジー・サービス業ありで、それなりに虹の7色を発色させることができたのではないかと、ひそかに自負している。
これら7人のメディア戦士たちは、いずれも桁違いの猛者ぞろいである。ビジネスに賭ける勇気、ビジョン、カリスマ性、海外展開への意欲などなど、真に卓越したものを持っている。
他に候補として列記した人物の中には、インテルのデイブ・ハウス、ハバード・ブロードキャスティングのスタンレー・ハバード、インターネット協会のビントン・サーフ、マイクロソフトのビル・ゲイツ、ニューズ・コーポレーションのルパート・マードック、バイアコムのサムナー・レッドストーンなどが含まれていた。今回の企画をシリーズ化できるなら、第2弾以降の材料には事欠かないのである。
列伝第2弾以降では、クリスタル・ダイナミックスやロケット・サイエンス・ゲームズなど、コンテント(ソフトの中身)開発の有力どころもカバーしたい。
マルチメディアは定義も定かではない、という議論がある。
確かに、ディジタルだから、それだけで革命が起きるというものでもない。そもそも自然界自体が、ディジタルとアナログの渾然一体となった 無限テラ・バイトの映像情報の奔流である。
インタラクティブ(双方向性)にも、無限の階層構造がある。われわれは、まだ、そのほんの一端をなでているにすぎない。
メディアの種類もますます多様性を増してきているが、まだ爆発現象の一歩手前にある。
唯一、確かなのは、情報処理・通信技術の進化には、まさにこれから本格的な加速度がつくだろうということである。そして、それはまさに、われわれの生活の質の向上にこそ寄与するべきものだ。たとえば、マルチメディアの中容量(<大容量>ではない)記録媒体としてCD-ROMが定番となるかどうかは、ユーザーの満足感の総量が決めるべきことであって、大同団結したメーカー・グループが対抗メディアの標準化に成功するかどうかは、あくまでもニ義的なことにすぎない。マスコミの報道は、そこの本末が転倒している。
であるならば、利用技術にこそもっと真剣かつ柔軟な目を向けなければならない。そういう流れの中で発生したのが、今回のマルチメディア現象である。
私見では、マルチメディアをあまりに狭く定義すると、永遠に、事象の豊穰さを取り込めないのではないか、と考えている。狭義のマルチメディアと、ゆるやかな意味でのマルチメディアと、両方を生かす道を考えてこそ、賢いマーケティングと呼べる。マルチメディアと非マルチメディアの境界線は、漠として定かではない。しかし、賢いマーケティングとそうでないマーケティングの差は、歴然としている。
今回、スポットライトを当てさせていただいた7人は、マーケティングの勝利を体現している人たちでもある。いい換えるならば、彼らが実現させているビジネスこそ、今の時代に収穫するべき「マルチメディアの実り」なのである。次の時代には、次の時代の「マルチメディアの実り」があってよい。名前も、変わるかもしれない。それは、人間力学が決めればよい。
ところで、たとえばパソコン市場も衛星市場も、もはや日本国内で完結するようなローカルな性質のものではない。あくまでもグローバルに発想し、微調整だけ地域ごとに行なう、とするべきである。
ケーブルテレビ事業に関しては、仮にTCIのジョン・マローンがもっとも事業経営のノウハウに優れているのだとしたら、アメリカであろうが、日本であろうが、存分にジョン・マローンの活躍できる場があってこそ、自由経済である。さもなければ、まず構造的な問題に賢くアクセスする手順を踏むべきである。そのうちなんとかでは、人間の自由意思を否定することになってしまう
一方、パトリック・マクガバンやレス・アルバソールやローレンス・エリソンの事例において再確認できたのは、情報メディア事業や情報テクノロジー・サービスの推進も、やはり社会産業構造の変革への果敢な挑戦を抜きにしては決して語れないということであった。
ルネ・アンセルモには、一個人が旧時代精神と格闘する典型的な姿を見る思いである。難攻不落と考えられていた衛星による国際電気通信のカルテル構造を、彼は、てこの原理でうち崩しつつある。現時点での事業の大小は、あまり問題ではない。地球を肩に乗せるアトラスの雰囲気である。この気概が、次の時代精神の結晶の核になることは間違いない。
エド・マクラッケンにも、アメリカの、そしてシリコン・バレーのもっとも良質な人たちの気概が反射している。エド・マクラッケン自身が、全米情報基盤諮問委員会の議長職を担っているのも、その象徴である。
これからのビジネスをリードするのは、その気概とビジョンがわれわれ個人個人の夢や希望の写し絵であるような、そんな精神性の高い人たちであり、それに共鳴する人たちによってゆるやかに結合された企業組織であろう。
今回の7人は、そんな新時代のビジネス・リーダーの、見事な事例研究にもなっている。
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フラッシュバック
メタモル出版の石川嘉一社長と初めてお会いしたのは、94年2月25日、金曜日のことであった。英和エージェンシー社長の中根さんの御紹介であった。そこで、市場の開拓者から見たマルチメディアの本、というアイディアを提案させていただいた。直ちに、やろうよ、という話になった。その後、あまりロス・タイムもなく取り組んできたつもりだったが、脱稿してみると、もはや残暑の季節であった。
さて、この本を編むにあたっては、数多くの友人・諸先輩から激励・御薫陶をいただいた。
ビジネスを度外視して表紙の絵柄をプレゼントしてくれた(国連切手のデザイナー)古賀賢治さん、折々、大局的な勇気づけを与えてくれたIDGコミュニケーションズ・ジャパンの社長、平松庚三さん、マルチメディア情報の整理法に関して確信的な導きを与えてくれた坂本善博さん(現在、昭文社専務)、この間、陰になり日向(ひなた)になって私の歩みを見守ってくれた安田孝雄さん(ウイルソン・ラーニング監査役)、エリソン情報の提供のみならず深く取材することの重さを教えてくれた日本経済新聞社の築地達郎さん、人間精神の絶妙な奥行きに絶えずまなざしを返させてくれた日鉄ライフの取締役、簾田元男さんなど、友の石垣あっての、本書である。その他、大勢の方々から貴重なアドバイスをいただいた。心より、御礼申し上げたい。
「サーバー」の注のところで、グローバル・サーバーのことにふれたが、これは、実は、坂本さんが富士通時代に命名したものである。
編集部の竹谷貴博さんも、この本の製作に取り組み、あらためてファイトが湧いてきたそうで、実に素晴しい。
メタモル出版の石川社長とは、この間、10回近くも、「何のためのマルチメディアか?」という議論を続けた。むろん、いつもその結論は、「人のため」をおいて他になかった。その思いたるや壮、こだわりたるや燦であった。新宿からの帰宅は、いつも午前0時を回っていた。何と濃密な時であったことか。それだけでも感謝にたえないのに、こうしてその一端を本にまとめることができ、無上の喜びである。
かけがえのない、命の時を与えていただいた! (9/14/94)■■■
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