竹本隆の「It's 外資 この人」 初出は月刊「ニューメディア」1998年4月号
                           
002 ITsGaishi.htm        

  
   ディスカバリー・アジア(株)
日本地区チャンネル運営・番組編成局長 スティーブン・ハーマン氏
 
  〜視聴者と広告主を魅了するドキュメンタリーである「ノンフィクション・エンターテインメ     
ント」が全世界で1億1000万世帯の視聴者を獲得
 

                     竹本隆  メディア・アナリスト
 

リード
 
 1998年1月29日、未来メディア研究交流会で、スティーブン・ハーマン氏が、「ザッツ・ノンフィクション・エンターテインメント」と題して、質疑応答を含め約100分にわたり、熱のこもった講演を行なった。ディスカバリーチャンネルは、ディスカバリー・コミュニケーションズ社(DCI)の事業の柱のひとつで、1985年の放送開始以来、米国内外から、番組の品質が高く評価されている。同チャンネルでは、自然、科学とテクノロジー、歴史、ワールド・カルチャー、ヒューマン・アドベンチャーといったジャンルを得意分野としており、熱烈なファン層を世界中で獲得している。ハーマン氏は、講演の中で、ノンフィクション・エンターテインメントの魅力についてたっぷりと語ってくれた。
  

本文
 
▲日本でも24時間放送が始まったディスカバリー
 
 1982年、アメリカで、ジョン・ヘンドリックスにより設立されたディスカバリ・コミュニケーションズ社。同社が85年に放送を開始したディスカバリーチャンネルは、その後10数年で、145以上もの国々で番組が放送されるにいたり、現在、世界での視聴者数は、1億1千万世帯ともいわれている。ディスカバリーチャンネルは、ノンフィクション・エンターテインメント番組の供給を柱とし、次々と事業領域を拡大し、いまでは、5つの事業を運営・統括している。まず、テレビ番組の制作・チャンネル運営、ネットワーク運営事業、2番めは、これらの国際展開、3番めとして、ディスカバリーチャンネルに関連したマルチメディア関連事業、4番めは、ディスカバリーチャンネルに関連した小売業、そして5番めは、ペイパービューまたはオンディマンドによる放送である。 
 日本では、1997年7月7日から、パーフェクTV、ケーブルテレビ各局より、24時間の字幕つき放送が開始されている。ディスカバリーチャンネルの大きな魅力は何といっても、その番組づくりのコンセプトにあるといえよう。すなわち、(1)家族で安心して見られる映像・番組、(2)心をとらえるような魅力的で美しい映像、(3)世界各国の人々に共通の興味深いテーマの映像化、この3本の大きな柱によるものである。
 
 
▲人々の心をとらえるエンターテインメント性
 
 ハーマン氏は、ディスカバリーチャンネルのポジションについて、次のように説明した。
 
「それは、単なるネットワークということではなく、ブランドである、ということです。CATVと衛星受信の合算ですが、事実、アメリカではディスカバリーチャンネルに7200万世帯、ラーニングチャンネルには6100万世帯、アニマルプラネットには2400万世帯、そして、最近始まったトラベルチャンネルには2100万世帯もの加入者がいます。こういった番組は、娯楽性もあり、教育性もあると理解していただいているのではないかと思います。実際、市場の中でビジネスをしていくわけですから、市場が何を望んでいるのか、何を見たいと思っているのか、ということを常に考えなくてはなりません。たとえば、1995年に、ローパースターチ社のグローバル消費者調査というものが行なわれました。テレビの視聴者に、どんな番組を見たいか、というきわめてシンプルな質問をしたものです。その結果、予想されたポルノグラフィーや、子供向け番組は、トップ10にははいっていなかったのです。トップには映画がランクされていましたが、なんとドキュメンタリーが4位にはいっていたのです。これは嬉しい誤算でした」
 
 ディスカバリーチャンネルでは、実は、自社の番組を呼ぶ時、「ドキュメンタリー・チャンネル」とはいわず、「ノンフィクション・エンターテインメント」であると位置づけている。これは、多くの国々で、ドキュメンタリーという言葉は退屈でおもしろくないものであると連想されやすい、ことからの配慮だという。 
「たとえば、それは、教室で強制的に見せられるようなものであったり、『やぶ蚊の生涯』とでもいうような、そんなフィルムのイメージです。ディスカバリーチャンネルの使命は、視聴者と広告主の両方にとって、ドキュメンタリーを大変おもしろく、かつ抗いがたい魅力を放つものにする、ということにあります」
 
 
▲ジャーナリズムの変容
 
 放送ジャーナリズムを専門としているハーマン氏は、ディスカバリーチャンネルに代表されるノンフィクション・エンターテインメントの現状を、こう語る。
 
「ジャーナリストの世界では、ジャーナリズムというのは、真実を伝えることが使命であると考えられています。しかしながら、現在、ほとんどの新聞、雑誌、商業放送は、その読者や、視聴者獲得のための熾烈な競争下におかれていることもまた事実です。ですから、自分たちの報道で、真実を伝えなければならない、という一方で、興味、関心を持ってもらえる要素、つまりエンターテイニングの要素を持っていないといけない、といえるのではないでしょうか。けれども、ジャーナリズムというのも実はエンターテインメントなんですよ、ということを、仮にNHKやBBCの人たちに正面きっていったとしても、それは受け入れてもらえません。トップクラスのジャーナリズトや放送関係者にとっては、エンターテインメントというのは、決して響きのよい言葉ではないわけです。しかしながら、遅かれ早かれ、BBCやNHKなどの国営もしくは政府系の放送局でも、教育、ノンフィクション、そしてニューズなどの番組に、新しい装いを与える必要性が生じるでしょう。商業的な圧力の高まる世界の流れの中で、競争していくことを学ばなければならないのです」
 
 
▲ノンフィクションにもっと選択肢を
 
 ノンフィクションとエンターテインメントの領域が交差し、棲み分けがしにくくなっていることは、既に実証されつつある事実だ。ハーマン氏は、この点について、ニューズを例に挙げた。ニューズキャスターやリポーターに、もともとジャーナリストとしてのバックグラウンドがない人たちが選ばれるケースが増えている。彼らのスター性に重点を置くというわけだ。このようなジャーナリズムのエンターテインメント化の流れを嘆く声があることは事実であるが、一方で、高視聴率を獲得する場合もあり、商業主義がこれを肯定するという現実も存在している。
 一方で、ディスカバリーが目指すノンフィクション・エンターテインメント普及の足かせとなるものが、意外に身近なところにもある。それは、たとえば、ディズニーやワーナーブラザーズなど、エンターテインメント分野の巨大な多角経営企業からの脅威ではない。そうではなくて、教育的要素の高い番組を必要としている、幼児・子供に、彼ら自身が番組を選択する権利が広く与えられていないということだ。ハーマン氏の意見である。
 
「ビデオ・ショップに入って、アダルト・ビデオに割かれているスペースと子供の教育用ビデオに割かれているスペースを比べてみると、明らかに、アダルト・ビデオに割かれているスペースの方が大きいことに気づきます。子供向けエンターテインメントの選択肢は、テレビでも限定されています。子供を持つ親も子供にチャンネルの選択権をなかなか渡したがらないことも、一因になっています」 
 「しかし」とハーマン氏は続ける。「子供向けに、エンターテインメントと教育両方の要素を兼ね備えたよいソフトをつくるのは、決して不可能なことではありません。その典型的な例が、セサミストリートです。最近、BBCのプログラムで、テレタビーズが日本賞を受賞しました。大人にとっては、魅惑されてじっと見る、というようなものではありませんが、実はこれは、子供たちにとっては、大変魅力的で、ずっと見てしまう、そういう番組なんです」
 
 視聴者にとって、ある番組が好ましいかどうかということの判断は、結局は、そこにチャンネルを合わすか、合わさないか、ということに尽きる。ディジタル技術の発達に伴うマルチメディアの時代には、そういったチャンネル選択の競争が徐々に激化していくことは避けられない。
 
 
▲ディスカバリーはブランドである
 
 ところで、ホーム・ビデオの分野では、アダルト系作品の売上の比重が高いのは、洋の東西を問わないことのようだ。アメリカでは、160億ドルというホーム・ビデオの年間売上のなんと4分の1が、成人向けビデオであるという。しかし、これほどのビッグ・ビジネスなのに、多くのエンターテインメント関連企業は参入に二の足を踏むという事実がある。ハーマン氏は次のような理由を挙げている。
 
「やはり、イメージの問題があります。それに、注目すべき点は、利用者の解約率が高いということです。アダルト番組がケーブルテレビに導入されたとき、最初はたいへん人気が高かったんです。しかし、時間がたつにつれ、チャーン率が高い、という現象が起こったわけです。どういうことかというと、加入者がやめる率が高いということです。一方で、健全なチャンネルの加入者のチャーンはが低い、つまり、継続視聴する、ということです」
 
 ハーマン氏は、ディスカバリーのポジションに自信をのぞかせる。 
「われわれはディズニーやワーナーブラザーズに比べれば、大変小さな規模ですが、アメリカでひとつの大きな強みを持っています。ディスカバリーチャンネルは、ベータリサーチ社の調査(96年秋実施)によれば、実はメディア・ブランドということでの総合的な評価で、第1位にランクされているのです。また、エミー賞など有力な賞も多数受賞しています」 
 業種を問わない企業のブランド・ランキングでも、ディスカバリーチャンネルは、3位に位置している。(トータルリサーチ社が97年に実施した調査結果)
 
 
▲異文化コミュニケーションの難しさ
 
 他方で、ハーマン氏は、異文化間でのコミュニケーションの難しさも指摘する。
 
「異文化のユーモアを理解するのはたいへん難しいことです。それは、たとえば、東洋と西洋、といった単純な違いから生じるものではなく、西洋の中でも同様にみられることです。それは単に言語の違い、といったことから生じるものではありません。たとえば、フランスのコメディーはアメリカでは理解され難く、また、アメリカのオフ・ブロードウェイの演劇はイギリスでは、まるでエイリアンのごとく、わけのわからない代物だったりするわけです」
 
 このことは、さまざまな番組を日本向けに移植する現場でも、日常的にみられることである。たとえば、あるコメディー番組に日本語の字幕をつけるとしよう。原語版では、頻繁にジョークが出てくる。そのたびに、観衆は笑い、拍手するのだろう。しかし、直訳だと、日本では全く理解されないことが多い。字幕の字数の制限もあるが、そういう場合、多くは、原語版で話されていることとはまったく別の何か、たとえば、日本風のジョークや言葉あそびに置き換えられるわけである。 
 逆に、日本から欧米に番組が輸出される場合でも、翻訳がたいへんなのは当然としても、文化的背景や俳優などの一挙手一投足が、西洋では理解されにくいことが多い。もちろん、だからといって、エンターテインメントやニューズ番組の流通の西高東低がこのままでよいはずがない。
 
 
▲ドキュメンタリー市場の西高東低
 
 大人になってからの半分以上の人生をアジアで暮らしており、今回のスピーチの冒頭でも、いきなり狂歌のようなジョークで聴衆を笑わせたハーマン氏であるが、アジア市場について、どのように考えているのだろうか。
 
「私の理解では、アジアでは、質の高いノンフィクション・エンターテインメント、あるいはドキュメンタリーといってもいいんですが、それが不足しているのではないかと思うのです。残念ながら、日本では質の高い番組はまれで、広告主の方も、安く、当たり障りのない番組を制作する、という安易な方法に頼ってしまうわけです。西洋の番組制作関係者が指摘するのは、日本も含め、アジアで制作された番組の表現・描写に魅力がない、作品の質にばらつきがある、圧倒的にペースが遅い、といった点です」
 
 番組の流通という観点からは、西洋から配給される番組の量に比べ、その逆のケースが非常に少ないという冷厳な事実が確かにある。いまさら指摘するまでもないことだろう。
 
「しかしながら、私は、アジアや日本の、世界のドキュメンタリー市場への貢献度が低いということだけをいいたいのではありません。やはり、このアンバランスは是正していかなければならないものだと思います。現状では、日本やその他のアジアの国々で制作ドキュメンタリー作品は、主要な西洋諸国のテレビでほとんど放映されていませんが、もっとなしうることがあるだろう。アジアでも、アジアについてのフィルムやテレビ番組の制作に力を入れるべきですし、逆に、アジアのフィルターなしに、西洋の番組ばかりを取り入れるということに対して、もっと敏感になるべきだと思います」
 
 
▲アジア発のノンフィクション・エンターテインメントを
 
 ハーマン氏は番組制作に関わる人材育成の重要性を強調している。
 
「ヨーロッパでは、ディスカバリーチャンネルがイニシアティブをとり、ファーストフィルムメーカーズという試みを行なっています。そこでは、若く才能ある人々を、国際的なドキュメンタリー制作ができるよう育成することを目指しています。そして、アジアでも同様なワークショップやスクール、あるいはシンポジウムなどを開催して、まず、なんらかの枠組みをつくることが必要だと考えています」
 その上で、若きアジアのプロデューサーやディレクターが、ストーリー執筆のテクニックや技術的なノウハウを、西洋のプログラム・バイヤーたちや経験のあるドキュメンタリー・プロデューサーたちとの交流の中で学ぶことが必要なのではないか、と主張する。 
「こういった試みを通じて、より価値ある、ほんもののノンフィクション・エンターテインメント作品を世界に示していけるよう願っています」
 
 ディスカバリーチャンネルが、世界中で受け入れられている最大の理由は、何か。それは、自社の番組をアメリカのチャンネルでも日本のチャンネルでもなく、あくまでもグローバルなチャンネルであると位置づけている点にある。その気概がいかんなく発揮された、ハーマン氏の名講演であった。
 
 

FACTS
 
ディスカバリー・ジャパン(株)
 
設立: 97年10月
本社所在地: 〒163-1462  東京都新宿区西新宿3-20-2
東京オペラシティタワー35F
TEL: 03-5353-7063 
日本地区チャンネル運営・番組編成局長: スティーブン・ハーマン
主要株主: (株)ジュピタープログラミング・ネットワーク
      米ディスカバリー・コミュニケーションズ
特記事項: 日本でも、97年7月7日から24時間字幕放送を開始している
 
スティーブン ハーマン氏の横顔: 1980年代初頭、特派員およびテレビ・プロデューサーとして初めてアジアを訪れ、東京のアヴァコ・スタジオの国際メディア部門を設立。88年AP通信入社。その後CBSニューズ特派員などをへて、1996年12月、ディスカバリー・アジア東京事務所に参加、番組編成局長に就任した。
 

米国本社=ディスカバリー・コミュニケーションズ・インク
 
本社: 米国メリーランド州ベセスダ
創業: 1982年 (当初は、ケーブル・エデュケーショナル・ネットワーク)
    ディスカバリーチャンネルのスタートは、85年6月
創業会長: ジョン・ヘンドリックス
社長兼COO: ジュディス・マクヘール
社長兼最高編成責任者: グレゴリー・モイヤー
主要株主: リバティー・メディア・コーポレーション(TCI社の一部)
      コックス・コミュニケーションズ
      アドバンス・ニューハウス・コミュニケーションズ
      ジョン・ヘンドリックス 
視聴規模: ディスカバリーチャンネルは、米国では約7200万家庭で視聴されている
特記事項: 91年5月、ラーニングチャンネルも買収
 
http://www.discovery.com/  
 
end of this document
■■■ フロント・ページに戻る