- ローマ法王ご逝去を悼む
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- 小宅仁様:
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- ローマ法王ご逝去に係るメールをいただき、まことにありがとうございます。帰天されたのは、バチカン時間の4月2日のこと。日本時間では、もう4月3日に入っていたようですね。本日(4月3日)昼過ぎ、自宅のテラスの先に広がる広い畑地の上空で、今年初めて、スカイラーク(ヒバリ)がかしましくさえずっているのに気がつきました。その直後に開いた小宅様からのメールで、ローマ法王のご逝去を知りました。
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- 本田哲郎先生著
- 『「平和アピール」(教皇ヨハネ・パウロ二世)を読む』
- (カトリック広島司教区発行)
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- 〜は、たいへんメッセージ性が強く、重い時代性を帯びています。私は丸山博司先生(元広島学院中高等学校・地理)からお送りいただいたのですが、カトリック広島司教区(電話082-221-6017/FAX082-221-6019)に申し込まれますと入手できるかもしれません。
- http://hiroshima.catholic.jp/
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- 法王が来広された1981年2月25日、偶然にも広島にいた私は、清浄な雪の純白におおわれた広島の街並み、深い静寂の気配を昨日のことのように覚えています。
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- 私は、そのころ、たまたま『ムー』という雑誌(1979年11月創刊)を通じて知り合ったルンナ・ニュートンさんという人と文通していました。「月のニュートン」あるいは「ニュートン家の月娘」という意味の不思議なお名前を持ったルフトハンザ航空のスチュワーデスさんで、東京圏に住んでおられました。
- http://www.gakken.co.jp/mu/
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- 2月25日、雪を踏みしめて家につながる急坂をのぼる私の姿が、遠くからよく見えたんですよ、とその人が、それからすぐ(翌週でしたでしょうか)の手紙の中で書いていました。千里眼だというのです。そのやりとりがあったせいもあり、雪の日の記憶は、余計鮮やかに私の脳裡に刻印されることになったのでしょうね。その日に、教皇ヨハネ・パウロ二世が広島においでになっていたのです。
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- 「この都市の人々が受けた苦しみを振り返ることは、わたしたちの人間に対する信頼を新たにすること、人間には、善を行う能力があるということ、人間には正しいことを選択する自由があるということ、人間には、災難を新たな出発点に変える決意を抱くことができるということへの信頼を新たにすることです」(18ページ) これは、その日の法王の言葉です。
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- 20ページに、本田師が「福音的な視点」という表現を使っておられる。「これしか、戦争を回避し、平和を創りあげていく方法はないんです。それは、『はらわたをつき動かされる』、そこまで、小さくされた仲間の痛みを共感・共有しようとしているかどうか、これだけですよ」
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- 結局、すべての人々に福音をもたらすには、この心身の姿勢が絶対に必要です。競争や競合や嫉妬や優勝劣敗の視点や心根からは、決して、全体に究極の平和をもたらすことはない。私も、そのように思います。ヒロシマの存在そのものが、永遠に、その問いかけを続けるためのシンボル、即ち聖地となっています。
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- 今年に入って拝見した雑誌『(日本版)ニューズウイーク』に、病に苦しむ教皇ヨハネ・パウロ二世の近影が紹介されていました。前屈みのそのお姿の秀でた額には深く皺が刻まれ、そのこめかみには、苦悩そのもののような静脈が浮き上がっていまし
- た。「キリスト者は、イエス・キリストとともに受難の時を過ごさなければならない。そのことによって初めて世界の人々の重い悩みを担えるのである」といった意味の添え書きがありました。時あたかも、受難節(レント)。
- http://www5b.biglobe.ne.jp/‾chfujimi/lent.htm
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- 今年の最後の晩餐の日は3月24日であり、3月25日が磔刑の日でした。そして、3月27日(日曜日)が復活祭(イースター)。天(あめ)が下、なべてのものに復活の恵みが行き渡ろうとする、まさにその時、教皇ヨハネ・パウロ二世は、まるで、この時を選ばれたかのようにして帰天されました。
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- 4月7日は、(新座市野火止4丁目4-14で誕生した)鉄腕アトム2才の誕生日。翌日4月8日は、釈尊のお花祭り。今年8月は、ヒロシマ/ナガサキへの原爆投下からちょうど60年目、即ち大きな歴史的受苦(passion)の時から還暦を迎える節目となります。
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- /「アトムも応援します。にいざの元気!」(新座市の標語)
- http://www.city.niiza.saitama.jp/news/030411/03041105.php
- http://members.jcom.home.ne.jp/rein2000/2000-04/index2.html
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- 昨日読了した船井幸雄著『この世の役割は「人間塾」』(ビジネス社)、および本日ほんの3時間ほど前(午後5時ごろ)に読了した久保有政牧師著『オーパーツと天地創造の科学』(学研)が、あらためて教えてくれた「創造の秘儀」への静かな畏敬の気持ちの中で、以上の文章をしたためさせていただきました。
- http://www2.biglobe.ne.jp/‾remnant/
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- 帰天された教皇ヨハネ・パウロ二世の長い労苦の日々を、心よりねぎらいたいと思います。
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- <<< 竹本隆 (在・新座市野火止5丁目)
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- NB なお、以下の小宅仁様からのメールについては、既にご本人から転載許諾をいただいておりますので、念のため申し添えておきます。
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- At 10:27 AM +0900 05.4.3, 小宅 仁
wrote:
- |竹本 隆 様
- |小宅 仁@でございます
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- |ローマ法王 ヨハネ・パウロ二世が逝去されましたね。
- |平和のためにご尽力された法王の死に心から哀悼の意を表します。
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- |そこで、前回のメールでもお願い致しましたが、ご案内の下記の本の
- |入手方法がお分かりでしたらご教示お願い致します。
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- |本田哲郎先生著『「平和アピール」(教皇ヨハネ・パウロ二世)を読む』
- | (カトリック広島司教区発行)
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- |To: miraiafterwar@freeml.com
- |From: Takashi Takemoto
<takjapan@gol.com>
- |Sent: Friday, April 01, 2005 12:44 AM
- |Subject: 小宅様>
聖地ヒロシマ参詣深く感謝
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聖地・ヒロシマにお運びいただいたよし、心より感謝申し上げます。
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小宅さまの「鎮魂の祈り」、必ずや早春の草木花をもたらすでしょう。
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小宅宗匠には、本田哲郎先生著の『「平和アピール」(教皇ヨハネ・
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パウロ二世)を読む』(カトリック広島司教区発行)のご一読をお
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奨め申し上げます。ほんとうに、わずか数十ページの小冊子ですが、
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歴史的なドキュメントでございます。
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ぱらっとめくると、教皇が来広された1981年2月25日に、私が奇跡
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的に広島にいたことがすぐ思い出されました。広島が雪の白銀一色に
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染まった光景を鮮明に覚えています。(竹本隆)
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